ー乳清のような作品をつくりたいー 「ホエイ」プロデューサー河村竜也さんに聞く

2016年のTGR札幌劇場祭で大賞を受賞し、その受賞作『珈琲法要』で札幌演劇シーズン2018-冬に道外劇団として初めて参加する「ホエイ」。

江戸末期に北海道で起きた津軽藩士の大量殉難事件を描いた『珈琲法要』、昭和新山誕生により消滅した集落とそこに暮らす人々の生活を描いた『麦とクシャミ』、そして、ダムの底に沈んだ町「大夕張」を描いた新作『郷愁の丘ロマントピア』。

東京の劇団でありながら、北海道を舞台にした作品を多く手掛けている「ホエイ」のプロデューサー河村竜也さんにお話しを伺いました。

『珈琲法要』©NagareTanaka 2015年

 


ーまず、劇団について教えてください。所属メンバーは3名とのことですが。

はい。プロデューサーの私(河村)、作・演出の山田百次(やまだ ももじ)、制作の赤刎千久子(あかばね ちくこ)の3名です。

 

ー劇団としてはちょっと少ないように感じますが。

こんなことをいうのもなんですが、僕は日本の劇団制度にあまり明るい未来を描けていません。作・演出が主宰を兼任する劇団が多いと思いますが、劇団はステップアップしていく過程が実は一番大変なんです。劇団のガバナンス(*)を維持することと、作品の質を高めること、その両方を芸術家がやるのは、いまの時代、よほどのカリスマか強権でない限り厳しいだろうと思うんです。なので、権限を分けて、最小限の人数にとどめています。

*ガバナンス=集団の運営管理

 

ー先日まで「青年団リンク ホエイ」でしたが、今回から「ホエイ」になった経緯と「青年団リンク」という仕組みについて教えてください。

私は「ホエイ」のプロデューサーであり、青年団(*)の劇団員でもあります。
青年団の劇団員は誰でも公演を企画立案することができて、 企画が通れば若手自主企画〇〇企画として活動をスタートさせることができるんです。私の場合は「河村企画」でした。

そこで一定の評価を得ると「青年団若手自主企画」からカテゴリーが1つ上がり「青年団リンク」を名乗ることができます。また、活動するためのカンパニー名をつけることも出来ます。やがてはその「青年団リンク」を卒業し、ひとつの劇団として独立します。松井周さんの「サンプル」や、柴幸男さんの「ままごと」も「青年団リンク」からの卒業組です。

私の場合はそれが「ホエイ」だったので、「青年団リンク ホエイ」として活動していました。いずれも、こまばアゴラ劇場(*)から公演支援金をもらい自主的に運営します。公の助成金を獲得するためのノウハウも、この流れの中で学ぶことができます。

こまばアゴラ劇場には、実際に公演を行う劇場の他に、青年団をはじめとする俳優やスタッフ、稽古場、そして何よりも支援会員(*)がいるので、潤沢な環境で創作に集中し、発表することができるんです。日本随一の育成システムだと思います。

私たちは、2013年に若手自主企画「河村企画」として発足し、「青年団リンク ホエイ」を経て、今年1月、青年団から独立しました。札幌での『珈琲法要』再演が、独立後はじめてのホエイ公演となります。

*青年団=1983年旗揚げ。日本の演劇界に多大な影響を与えた平田オリザ(劇作家・演出家)主宰の劇団
*こまばアゴラ劇場=劇団青年団が運営している小劇場。平田オリザが支配人兼芸術監督を務めている
*支援会員=年会費で劇場や劇団をサポートする支援制度。特典としてアゴラ劇場の主催・提携・連携公演などを観劇することができるため、集客面でのサポートにも繋がっている

『珈琲法要』(C)NagareTanaka 2015年


ーなるほど。劇団運営を知るためには素晴らしい仕組みですね。なぜ所属している劇団とは別に「ホエイ」を作ろうと思ったんですか?名前の由来も教えてください。

こまばアゴラ劇場は、以前「サミット」という地域の若手カンパニーを東京に紹介するフェスティバルを運営していました。チェルフィッチュの岡田さんや、KUNIOの杉原君がディレクターをしていて、山田百次が主宰している「劇団野の上」もアゴラ劇場で上演しました。「野の上」は青森を拠点に活動している劇団です。山田自身は、その頃すでに関東に引っ越していたのですが、「野の上」の公演をするときは青森に戻っていました。サミットでも紹介され、東京でも少しずつ認知され、青森だけでなく東京にも活動の場を広げたい、そう思っている時期でした。

私は青年団員なので、自分の企画公演ができます。山田の作品に関心があったし、自分が加わることでもっと作品を良くすることができるというイメージもありました。環境面で苦労しているのを見て、彼を誘い、私がプロデュース、彼が作・演出という形で若手自主企画「河村企画」を始めたんです。おかげさまで2013年に創った一作目の『珈琲法要』がヒットし、翌年すぐに昇格が決まって、カンパニー名を考えなければいけなくなりました。

「ホエイ」は、ヨーグルトの上澄みやチーズをつくる時に牛乳から分離される「乳清」のことです。乳清のように「何かを生み出すときに捨てられてしまったもの」、そんな作品を作りたいと思っています。

日本は斜陽に向かう中で、今後ますます分断が進む厳しい社会になるだろう、2014年当時、そういう強い懸念を私は抱いていました。「それなら、分断の狭間に立ち世界を描こう」という意思を込めて付けました。

 

ー所属メンバーの3名は、それぞれ俳優としても活動なさってますが、出演者はどのように決めているんですか?

キャスティングは全て私と山田で決めています。
私たち自身の出演に関してはケースバイケースですね。山田が出なかったこともありますし、僕も代わりに演じてくれる俳優さんがいたら全然出なくてOK。赤刎はここぞという時に出る、という感じです(笑)

客演(*)を呼ぶとその分コストもかかりますし、「やっぱり二人とも出ている作品がいい」と言ってくれるお客さんもいます。ただ、私と山田が二人とも出演してしまうと、特に作品の仕上げのところで客観的に見るのが難しくなってくるので、最近は演出助手をつけたり、ビデオを撮って後で検証できるようにしたり、稽古場では客観性として俳優の意見を積極的に取り入れています。やはり、話すことで一人一人がどういうシーンを作ろうとしているのか、イメージのどこにズレがあるのかが明らかになってくるんです。根気と高度なコミュニケーションスキルが必要とされる作業ですが、とても重要だと思うようになりました。

イメージと客観性を共有して、俳優が自分自身を演出する、というところを目標の最低ラインにしています。その作業に耐えられる俳優かどうかが、私たちのキャスティングでは大事な点になっているんだと思います。

順番は、企画立案、登場人物、キャスティング、プロット(*)、執筆、です。
基本的には役に合わせてキャスティングしていき、その流れで「じゃあこの役は山田がやるか?やらないとしたら…」などを話していきます。

*客演=劇団に所属している俳優以外の出演者
*プロット=台本作成前に行う物語のおおよその流れを決める作業


ー新作を含めると劇団の公演全6作品中3作品が北海道を舞台にした作品ですが、北海道を意識した理由は?

北海道の、いつ、どこを切り取っても背景には日本という国が抱えるジレンマや問題が浮かび上がってきます。北海道には、日本の近代化におけるすべてが濃縮されていると思います。日本の近代化とはなんだったのか、何を目指して、どこに来てしまったのか、根気のいるこの問いを続けない限り、この先どこにもいけないだろうと考えているので、まずは北海道から始めることにしました。


ー3つの北海道作品について、それぞれ創作のきっかけを聞かせてください。

『珈琲法要』は、もともと山田が創作していた20分ほどの短編戯曲をもとにリメイクした作品です。1807〜8年にかけて、宗谷と斜里に従軍した津軽藩士たちの話ですが、兵站を軽視した行軍や、面子のための情報隠蔽など、近現代に通じる普遍的なテーマだと思いました。

『麦とクシャミ』は、昭和新山の生成により消滅した壮瞥の集落の話です。昭和新山は太平洋戦争の勃興に合わせて山が隆起し始め、戦争の終息とともに火山活動も終えた、なんとも不思議な成り立ちの火山です。国策による戦争と、火山生成という天変地異、この二つの被害を一度に被った集落の人々はどう生きたのだろう、その関心が創作意欲をかきたてました。もちろん、遠景には原発と津波という二重の災害を被った福島のイメージもありました。

『郷愁の丘ロマントピア』は、現代の夕張市の話です。夕張の中でも「大夕張」という、いまはダムの底に沈んでなくなってしまった町、そこで暮らした元炭鉱夫たちを描いています。かつてそこに栄えた町があったという強烈な残滓と、弔われることなくまだそこに漂っている強い想い、実際に夕張で感じた体験をそのまま作品にしています。その寂しさや、やるせなさは、現代の日本で私たちが一番受け入れなければならないものなのではないかと思い、三部作の三部目にこの作品を創りました。

『麦とクシャミ』2016年

 

ー東京と北海道とでは、上演する時の違いはありますか?観客の反応の違いとか。

うーん、どうでしょう…。
あまりないと思いますけど、北海道の人たちは自分たちの土地の問題を話さない、という風潮があると聞いたことがあります。そういう意味で、自分たちのある種タブーに(外者に)触れられた、という緊張感が客席に多少あるのかな、とは思います。気がするだけで、実際はわかりません。


ー『珈琲法要』ではアイヌ女性も描かれていますね。難しくデリケートな作業だったと思いますが、実際の稽古などはいかがでしたか?

東京の八重洲にあるアイヌ文化交流センターに資料収集に行ったり、ムックリ製作のワークショップに行ったりしました。デリケートな問題ですが、デリケートになりすぎて保守的になりすぎないように気をつけました。どの人間もフラットに、自在に存在できるのが演劇の面白み、というか力だと思うので、そこは存分に楽しみながら創作しました。

『珈琲法要』©NagareTanaka 2015年

 

ー『珈琲法要』が北海道で評価され、道外劇団としては初めての演劇シーズン参加となりますが、意気込みなどあれば聞かせてください。

敷居をまたぐような格好で、どちらかといえば恐縮しています。
とにかく作品をよりブラッシュアップしてお届けしたいという思い、それに尽きます。

 

ーところで、河村さんはどんなきっかけで演劇を始めたんですか?

私は広島出身なんですが、18歳の時に地元で青年団の『ソウル市民』という作品を見たのがきっかけです。1909年のソウルが目の前にありありと現れていく情景に、魂を吸いとられるような感覚を覚えました。

 

ーその作品を観る前、演劇との関わりはありましたか?

大学に入ってすぐの新入生歓迎イベントで演劇部のプレゼンがあって、一人の俳優が舞台上のベンチにただ横たわる、みたいなパフォーマンスがあったんです。それは、ピーター・ブルック的に言えば「十分な演劇」でした。で、「面白いな」と思って演劇部に入っちゃったんです(笑)

でも、1998年当時、その演劇部で行われていたのは東京の潮流からは5〜10年くらい遅れていたんですね。どの地方でもそうだと思いますが、「真似事みたいな演劇」で、これは違うなと思って離れました。ちょうどパソコンとデジタルビデオカメラが普及して、誰でも自主映画が撮れるようになり始めた最初の時代だったこともあり、映画の方に惹かれていきました。

そんな矢先、広島市現代美術館で演劇がおこなわれる、という情報が流れてきて、気になって観に行ったんです。それが青年団の『ソウル市民』です。その時、ワークショップにも参加したんですが、演劇部で感じていた演劇に対する違和感やダサさを言い当ててくれるような体験でした。

『ソウル市民』©TsukasaAoki 1998年

 

ーその後、青年団に入るために上京したんですか?『ソウル市民』を観てから何年後ですか?

2002年、大学卒業後すぐに上京し、下積みとも言えないうだつの上がらない生活を経て、2005年に入団しました。『ソウル市民』との出会いから7年後のことですね。

 

ー青年団に入ってから、その作品『ソウル市民』の再演に出演していますよね?キャスティングされた時はどんな気持ちでしたか?

もちろん嬉しかったし、何かに到達したと言う感慨もありました。稽古は夢の世界に入って行くような興奮さえありました。だけど、18歳の時にみた『ソウル市民』からもうすでに10年近く経っていて、作品を自分の力でアップデートしなければいけないのだと気付き、当時はまだまだ力及ばず、やり切れなさが残った悔しい体験でした。でも、そうしてオリザさんには様々な環境を与えてもらい、育ててもらったと感謝しています。

 

ー河村さんにとって演劇の魅力とは何ですか?

人間は不完全で、その不完全さを補うために想像力があったり、家族や友達がいたりします。演劇は、観客の想像力に多くを委ねる表現です。演劇の最低条件は、言うなれば不完全であることともいえます。その不完全なものを、舞台上と客席で補い合おうとするところに、人間らしい営みとしての魅力があるんじゃないでしょうか。

『郷愁の丘ロマントピア』©NagareTanaka 2018年

 


インタビュー:佐々木雅子
写真提供:ホエイ

ホエイ HP
https://whey-theater.tumblr.com/

<ホエイ札幌公演情報>
札幌演劇シーズン2018-冬 『珈琲法要』

【作・演出】
山田百次

【出 演】
河村竜也(ホエイ/青年団)
山田百次(ホエイ/劇団野の上)
菊池佳南(青年団/うさぎストライプ)

【日時】
1/27(土)14:00 、18:00
1/28(日)14:00
1/29(月)19:00
1/30(火)19:00
1/31(水)14:00
2/01(木)14:00

【会場】
シアターZOO(中央区南11条西1丁目ファミール中島公園B1F)

【料金】
一般 3,000円、学生 1,500円

お問合せなど公演詳細情報はこちらをご参照ください
https://artalert-sapporo.com/events/detail/1372