演劇を支える「制作」という仕事

「制作」という職業をご存じでしょうか?
バレエやオペラ、演劇などの舞台芸術公演、コンサート、映画など、身近にある多くの文化芸術の現場で必要不可欠な「制作」という仕事は、ジャンルごとに担う業務は様々ですが、最も長く作品に関わると言っても過言ではない重要なポジションです。
今回は、札幌で演劇の制作者として活躍している「ラボチ」の小室明子さんにお話を伺いました。

ー この仕事に就くきっかけを教えてください。
 もともと大学在学中に演劇を始めましたが、その頃は「制作」という仕事があることも知りませんでした。卒業後はタウン情報誌の編集の仕事をしながら細々と演劇を続け、20代半ばで上京しました。当時大好きだったある劇団の演出部文芸部オーディションというのを受けまして二次審査まで残りましたが、その後、演出部文芸部は組織されず。でもその劇団で、本職を生かして公演パンフレットの編集に携わらせていただいたり、その流れで制作のお手伝いみたいなことをしていました。その傍ら、ある演劇ユニットの制作として活動しまして、そこで基本的なことを学んだと思っています。

 その後、2006年に、小劇場演劇の制作者を支援するサイト・fringeが主催した「Producers meet Producers 2006 地域の制作者のための創造啓発ツアー」という2泊3日の勉強会に参加したのをきっかけに、札幌に帰って仕事をしようと思うようになり、2007年から札幌の劇場で働き始めました。企画公演や育成事業等々様々手がけまして、やりがいも意義も感じていましたが精神的に追い詰められて志半ばで無念の退職。2014年から「ラボチ」と言う屋号でフリーで活動しています。委託された劇団公演の制作、プロデュース公演、ワークショップ、道外カンパニーの受け入れなどを行なっています。


ー 演劇制作の具体的な仕事内容は?
 
団体によって、あるいは制作者によって色々だと思いますが、公演の立ち上げから終了までのあらゆることだと思っています。劇団の公演制作ということで考えると、上演を決める、劇場を借りる、予算作成・管理、スタッフの手配、キャスティング、宣伝物制作、広報、SNS管理、稽古スケジュール作成、稽古場手配、演出家と各スタッフとの打ち合わせ設定、票券管理、受付周りの準備(人員、配布物等)、ケータリング、お客様対応、公演後には出演者スタッフへのギャランティの支払い。場合によっては助成金の申請書〜報告書の作成、ツアーがあれば各地の劇場との連絡や航空券、宿の手配。演劇祭のようなものに参加するなら実行委員会などとの連絡係。といったところでしょうか。

あとは公演までの流れの中で誰がやるか決まっていない・わからない作業は制作がやることが多いです。



ー かなりの作業量ですが、その中で最も苦労するのはどんなことですか?その苦労が報われる瞬間は?
 演劇を見たことがない人に演劇の魅力を伝える、ということが最も苦労するしなかなか実現できないところです。理想を言えばそういう大きなことを考えていたいのですが、実際は目の前のお金のことに追われてしまっています。どこにどれだけの予算を割くか、計画通りの収入が見込めるか、見込めないときは各出演者スタッフのギャランティ以外のどこを削減していくか、予算書を睨みながら調整する毎日です。

 報われるのは、作品の質としても収支的にもいい具合に終われた時じゃないかと思います。ただ、そういうことはあまりない気がしています。制作の仕事は終わり良ければすべて良し、としてはいけないと思うので、全てにおいてすっきりと終わる、ということはなかなかないです。でも、終演後にお客様が楽しそうにしているのを見ると一瞬報われます。


ー 最近はSNSなど様々なツールでお客様の声を目にする機会が増えましたよね。宣伝も含め、メリットが大きい印象ですが、インターネットが普及する前と比べていかがですか?
 それこそTwitterなどが流行り始めた頃は、影響力もすごく感じましたが、最近は難しいですよね。お客様も、大して面白いと思わなくても気を遣った感想をあげてくださったりしているように感じます。SNSに上がらない声をどうやって拾うかが課題だと思っています。

 紙媒体の時代は興味のない情報も目に入るような環境だったのに対して、ネットの時代は自分が興味のある情報しか目に入らない。そこをどうやって打破していくか、難しいところです。


ー 劇団所属の制作ではなく、フリーで活動をする理由は?
 劇団に所属する、ということは全く考えたことがなかったので質問されて驚いてます。なんでだろう?色々な現場に関われる方が楽しいからかもしれません。


ー これまでで最も印象深い作品または公演を教えてください。
 関わった公演はプロデュースした公演、依頼された公演に関わらず全て印象深いです。
ですが、あえてあげるとすると、劇場制作時代に手がけたプロデュース公演『歯並びのきれいな女の子』。2007年の福岡との交流事業の流れで2008年に通年で北九州の飛ぶ劇場主宰の泊篤志さんの戯曲講座を行い、そこで書かれた作品をリーディング公演(*)を経てプロデュース公演(*)として上演しました。初めてのプロデュース公演だったのもあって印象深いのですが、とてもいい作品になったという達成感もありました。その戯曲講座を受けた劇作家たちのその後の活躍も含めて、いい事業だったと思っています。

 あともう一つ挙げると、柴田智之一人芝居『寿』です。劇場の仕事を辞めざるを得なくなって、鬱々としてもう札幌で演劇の仕事を続けていくことも無理かな、と思っていた時に、俳優の柴田智之から一人芝居「寿」を弘前で上演したいので手伝って欲しいと言われて、座組の仲間に入れてもらうことになりました。柴田の演劇に対する雑念のなさに初心を思い出して救われた気がしています。その後、札幌演劇シーズンでも上演し、今年2月には福岡でも公演しました。今ちょっとお休みしていますが、札幌でも稀有な才能を持つ俳優であり演出家だと思うので、『寿』は一区切りとなりましたが、次の機会も楽しみにしています。

柴田智之一人芝居『寿』

*リーディング公演=俳優が台本を手に持った状態で上演される公演。俳優がイスに座ったまま、朗読に近い形で行うスタイルから実際に動きを伴うスタイルまで公演によって様々な形式がある
*プロデュース公演=プロデューサーが参加者(作家・演出家・俳優など)を提案し集めて行う公演


ー 『寿』は素敵な作品ですよね。私も何度も拝見しました。柴田さんの次回作を楽しみにしている演劇ファンも多いのではないでしょうか。ところで、小室さんが今までに経験した「最大のピンチ!」ってどんなことですか?
 
正直、ピンチらしいピンチは経験したことがないのですが、最近のそれっぽいことといえば昨年の弦巻楽団『センチメンタル』の大阪公演です。9月の公演時期に、大阪には台風が直撃し関西国際空港が使えなくなったのに加えて、北海道の大地震。舞台美術は宅配便で送る予定でしたが、物流大混乱のため舞台監督にハイエースに積んでフェリー+陸路で運んでもらうことになってしまい、舞台美術運搬費が予算の倍額になってしまいました。これはもう大赤字で終わってしまう、とヒリヒリしてましたが、最終的には事なきを得ました。誰も褒めてくれないですけどこのハンドリングはよくやったと自分では思っています。稽古もままならず、家族と離れるのも不安があった中で、客演(*)の皆様が楽しんで大阪公演を乗り越えてくれたことにも感謝しています。


 あと、これも昨年のことですが札幌演劇シーズンのELEVEN NINES『12人の怒れる男』は完全にキャパシティを超えてしまった感がありまして、精神的にピンチな日々でした。票券(*)を担当していましたが、5000人のお客様を相手にするというのは想像以上の出来事で、カンパニーの皆様やお客様にも随分ご迷惑をかけてしまったと反省しています。公演の二週間前くらいからは出かける支度もままならないくらいの問い合わせの電話の数で、忙しすぎて去年の7月後半から8月初めくらいの記憶があまりないです。

*客演=劇団に所属している俳優以外の出演者
*票券=チケット管理業務


ー 演劇作品が上演されるまでに、どんな役割のスタッフが関わっているんですか? 
 大体公演の1〜2ヶ月前から稽古が始まり、稽古場には演出家と役者がいるのが基本です。演出助手という演出家のサポート役の人がいることもあります。稽古が始まる前から、宣伝関係は走り出します。宣伝美術をお願いするデザイナーと宣伝物について打ち合わせてチラシの作成、お客様へのダイレクトメール発送などを行います。

 公演が近くなれば照明、音響、衣装、舞台美術、舞台監督が一堂に会す場合もあれば個別の場合もありますが、打ち合わせを重ねてプランを決定し、公演へ向かいます。



ー 演劇の魅力、演劇制作の魅力とは?
 舞台と客席とが一体になって想像力を糧にどこへでも行けてしまうというのが演劇の魅力だと思います。そういう面白い演劇は札幌ではほとんど見ることがないですけどね。そういう公演に関われたら幸せですね。

 演劇制作の魅力は、やっぱりそういった素晴らしい作品とまだ観たことのない観客を出会わせることじゃないかと思います。この辺をきちんと伝えて演劇の制作者を増やしていくことを考えないとということで、北海道教育大学岩見沢校の閔先生やtattの小島さんたちと来年度に向けて策を練っております。


ー 現在手掛けている公演について教えてください。
 弦巻楽団の代表作『ユー・キャント・ハリー・ラブ!』、札幌公演が今週末に迫っています。昨年、札幌演劇シーズン2018-冬のレパートリー作品として上演した作品を、キャストもそのままに9〜10月に札幌、帯広、東京で上演します。観終わった後に、気分良く足取り軽く会場を後にできるような爽快な作品です。何度でも観てほしい。チラシに演劇シーズンの「ゲキカン!」の悦永弘美さんのコメントを引用させていただきましたが、その通り、初めての観劇がこれだったら少なくとも演劇を嫌いになるようなことはないと思います。演劇を見たことがないお知り合いを誘って是非観に来てください。

 今回で6回目の公演なのですが、同じキャストでの再演は初の試みだそうです。そういうこともあって、稽古場ではより高みを目指す作業が続いています。前回観たという方でも新たな楽しみ方ができるんじゃないかと思います。

 今の座組、素晴らしくバランスが良いと思っていて、できることなら一生これだけやっていたいくらい好きなのですが、流石にそういうわけにもいかないので、おそらくこの座組では最後となるであろう今回のツアーを、何より私が楽しみたいと思っています。札幌公演千秋楽の翌日に帯広移動とか、スケジュール的に大変かつ予算も膨大になっていまして、それこそ今まさに大ピンチに直面している感がありつつも、稽古場にいるといい想像しかできなくなるから不思議です。とにかく東京公演に向けては台風による被害がないように、それだけを祈っています。この公演で手一杯ですが、そろそろ来年度のことも動き出さないとと気持ちばかりが焦っています。


ー これから初めて劇場に行こうとしている観劇初心者さんへひと言お願いします。
 ひとくちに演劇といっても種類は様々です。甘えたことを言うようですが、小劇場演劇は一度目で面白くないなと思ってもいろいろ見ていくと好みの作品や劇団に出会えることもあると思います。とりあえず、再演されている作品ならある程度期待して良いと思いますので、何を見たらいいかわからない時には「再演」というのを基準にして選んでいただけたらいいかと思います。そういう意味でも札幌演劇シーズンはオススメですね。

 『ユー・キャント・ハリー・ラブ!』は何度も上演されてきただけあってエンターテインメント作品として成熟してきてますし、何より永井秀樹さんという青年団(*)の名俳優が今回もさらなる深みを与えてくれています。サンピアザという商業施設の中にある劇場ですし初めての方でもハードルが低い場所じゃないかと思います。この三連休、ぜひサンピアザ劇場へお越しください!

*青年団=1983年旗揚げ。日本の演劇界に多大な影響を与えた平田オリザ(劇作家・演出家)主宰の劇団


インタビュー:阿部雅子
作図:小島歌織
舞台写真提供:ラボチ

演劇制作会社ラボチ HP
https://www.sapporo-engeki.com/

弦巻楽団#34
『ユー・キャント・ハリー・ラブ!』

【作・演出】
弦巻啓太

【出 演】
永井秀樹(青年団)
岩杉夏(ディリバレー・ダイバーズ)
小林なるみ(劇団回帰線)
遠藤洋平
柴田知佳

【日時】
9月21日(土)18:00
9月22日(日)14:00/18:00
9月23日(月祝)14:00

【会場】
サンピアザ劇場(札幌市厚別区厚別中央2条5丁目7-5)

【料金】
一般 前売3,000円 当日3,300円
22歳以下 前売1,500円 当日1,800円
※全席指定

お問合せなど公演詳細情報はこちらをご参照ください
https://artalert-sapporo.com/events/detail/1922