REPORT/INTERVIEW

  • 500m美術館『三つの体、約百八十兆の細胞』レビュー

     

    「わけのわからなさ、心地の悪さ」

     奇妙な展覧会タイトル(*1)に負けず劣らず、作品もゴチャゴチャしていて不思議だ。早川の彫刻、高石の絵画、加納の写真、とそれぞれ異なった専門を持つ三人の作家が、共同制作のような形で、500m美術館の展示空間であるガラスケースを余すところなく使い切ったインスタレーション作品である。

     ガラスケースの中には、彫刻のような、絵画のような、写真のようなものが、床に置かれたり、壁に立てかけられたりして散らばっている。彫刻や絵画といった属性をもとにして作品を見てみようと試みるも、それぞれが互いの境界を侵犯し合っている状況を前にすると、作品をカテゴライズしようとすること自体が、無意味なことのように思えてくる。見ているこちらが、なんとなくわかった気になって安心したいだけなのかもしれない。

     展示作品は、実につかみどころがない。なにかに定義されることを拒むかのようでもあり、曖昧さを積極的に選んでいるようにも見える。それが、鑑賞者の心地を悪くさせる。作品の前に立っていると、なんだかモヤっとした気持ちになってくる。しかしそれはまた、この作品の魅力でもある。

     

     

     実際の展示作品は、手でこねられたような形のカラー粘土が、不規則に並べられていたり、絵の具が塗られた木の板が、切断されて構造物の一部になっていたり、作品を制作中の風景を撮影した写真の貼られた木の板が、スタジオに置かれた状態を、更に撮影して大きくプリントした写真が貼られていたり、巨大な発泡スチロールの塊を削ったり溶かしたりしながら造形していく過程を記録した動画が、別の構造物へ投影されていたり…。こんな風に言葉で描写しようとすればするほど、ますますわけがわからない。単純な言葉で説明されることから、作品がスルスルと逃げていく。いったいこの作品は、どのように見たらよいのだろうか。 

     

     

     一つの方法として、全体を大きなコラージュ(*2)作品として考えてみてはどうだろうか。コラージュとは、組み合わせられたものがそれぞれ元のコンテクストを離れ、新しい意味や価値を、鑑賞者に気づかせるような技法である。それは、作者自身にとっても思いもよらなかった状況を、しばしば生みだす。特にシュルレアリスト(*3)たちは、この技法によってこれまでに見たことのない風景をつくりだそうとした。本作においては、実材のみならず、ジャンルや技法、タイムラインや空間、液体と気体、化学反応や重力法則なども三人の作家によって一度バラバラの素材に還元され、再構成されている。これら素材の絶妙な交錯は、鑑賞者のものの見方を既知のものから解き放ち、思いがけない跳躍を楽しませる。 

     以上は、コラージュという技法から見た基本的な作品鑑賞だが、100年以上も前に生まれたこの言葉で説明し尽くせるほど、本作品は単純ではない。それ以外にも、何だか腑に落ちないような、不思議な心地の悪さを積極的に引き起こして鑑賞者を戸惑わせている。

     

     

     たとえば、壁の高い位置に打ち付けられた垂木に、白い紙袋が載せられている。支点が一点なので垂木が当たっている部分が、潰れてへこんでいるのだが、よくみるとこれは紙袋ではなく、ズシりと重い、固まった石膏の塊である。また、テンポよく複数枚並んだ木の板の表面を、それぞれ下に向かって絵の具がドロっと流れ落ちて固まっている。ただし最後の板にだけは、逆に上へ向かって流れた絵の具が、そのまま途中で固まっている。気を抜いて見ていると、急に梯子を外される。あたり前だと思っていた平衡感覚や時間感覚を、いつの間にか狂わせられて背筋がザワッとするような瞬間がある。

     

     

     こういった心地の悪さが、繰り返すがこの作品の魅力である。鑑賞者は作品を前にして、モヤっとしたなにか、ザワッとしたなにかについて能動的に向き合わざるをえなくなる。たとえば重力のような、”目には見えないけれども存在するルール”を、私たちは日常的には、よくも悪くもいちいち考えることなく従って生きている。そういったことを、再認識させられる。このような非日常的な揺さぶりとそこから得られる新鮮な気づきは、心地悪くもクセになるこの作品の魅力のひとつである。

     

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    *1 地下鉄大通駅とバスセンター駅の間にある500m美術館にて、2015年9月26日(土)〜2016年1月22日(金)の約4ヶ月間開催された、彫刻家 早川祐太、画家 高石晃、写真家 加納俊輔、3名の作家による『三つの体、約百八十兆の細胞』展。

    *2 パブロ・ピカソやジョルジュ・ブラックが始めたといわれている、互いに無関係な素材を組み合わせて造形作品を構成する技法。平面に木材や針金などの立体物を貼り付けるなどした手法は、絵画と彫刻の垣根をなくしたともいわれている。

    *3 第一次世界大戦後に広がったシュルレアリスムの代表的な作家は、ルネ・マグリットやサルバトール・ダリなど。夢や無意識、非合理の世界を表現に積極的に取り入れて新しい価値観を打ち立てようとした。他にも、デカルコマニーやフロッタージュなどの技法を用いた。

     

     

    東方悠平 Yuhei Higashikata /美術家

    1982年、北海道生まれ。筑波大学大学院 芸術研究科 総合造形コース修了。主な展覧会に、「個展 死なないM浦Y一郎」Art Center Ongoing(2013)、「第13回 岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)展」川崎市岡本太郎美術館(2010)、プロジェクト「てんぐバックスカフェ」灘手AIR(2013)など。

    http://higashikata.com

     

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